極限微生物と技術革新

極限微生物と技術革新

●掘越弘毅 著 ●定価(本体2400円+税)  





思いもよらぬ発見が、目の前にあった。
半世紀以上前、著者によって好アルカリ性微生物が発見された。
それは、かのパスツールの常識を覆す大発見だった。
ノーベル賞がカバーする範囲も超えており、すぐには信じてもらえなかった。
それもいまや“常識”となり、
火星生命探査に根拠を与えるとともに、
洗剤「アタック」や消臭剤「ファブリーズ」などの革新製品も生んだ。



掘越弘毅 著   著者紹介
極限微生物と技術革新
  はじめに
     目次
     あとがき
     Amazon

思いもよらぬ発見が、目の前にあった。
半世紀以上前、著者によって好アルカリ性微生物が発見された。
それは、かのパスツールの常識を覆す大発見だった。
ノーベル賞がカバーする範囲も超えており、すぐには信じてもらえなかった。
それもいまや“常識”となり、
火星生命探査に根拠を与えるとともに、
洗剤「アタック」や消臭剤「ファブリーズ」などの革新製品も生んだ。


  • 四六判  上製
  • 344ページ
  • 定価(本体2400円+税)

  • ■著者紹介



    掘越弘毅(ほりこし・こうき)
    一九三二年埼玉県生まれ。農学博士。一九五六年東京大学農学部農芸化学科を卒業。
    六三年に東京大学大学院博士課程を修了し、理化学研究所研究員。七四年より主任研
    究員を務めた。八八年より東京工業大学生命理工学部教授、九三年より東洋大学大学
    院工学研究科教授、九八年より海洋研究開発機構極限環境生物圏研究センター長など
    を歴任した。一九六八年に好アルカリ性細菌を発見し、今日に続く極限環境微生物研
    究の突破口を開いた。まさにこの分野のパイオニアとして、その名は世界にとどろ
    いている。二〇一二年時点でもなお、国際極限生物学会名誉会長、海洋研究開発機構
    フェロー、極限生物学会会長(日本)などを務めている。紫綬褒章(一九八七年)、
    英国国際バイオテクノロジー協会ゴールドメダル(一九九一年)、本田賞(一九九二
    年)、日本学士院賞(二〇〇六年)などを受賞している。



    ■極限微生物と技術革新 目次




    プロローグ 5

    第一部 微生物こぼれ話 11
    競売にかかったシャーレ/温泉好きの微生物/三角形をした変な微生物
    天平の藍染め/生命の起源は生命から/深海高圧でのみ働く遺伝子
    幻のバーボン焼酎/モーターの力で泳ぐ細菌/猛毒トルエンの中でも育つ微生物
    薬剤耐性遺伝子の交換を示した日本人/予想を超える多様性
    所変われば微生物も変わる/カビからコレステロール低下薬
    味を良くするシクロデキストリン/日本酒はバイオテクノロジーの結晶
    純粋培養された微生物だけでは、本当の味にはならない

    第一章 熊谷から見た真っ赤な空 47

    第二章 農芸化学を専攻、アメリカ留学へ 63

    第三章 ヨーロッパ旅行 95

    第四章 結婚、長男の誕生 117

    第五章 好アルカリ性菌の発見 139

    第六章 研究に没頭、思わぬ出来事もいろいろ 169

    第七章 掘越特殊環境微生物プロジェクト 183

    第八章 アタック発売、東工大教授へ 201

    第九章 英国ケント公よりゴールドメダル 225

    第10章 JAMSTEC深海微生物研究グループ 253

    第11章 深海生物と天皇陛下 273

    第12章 極限生物研究の教育と発表の場 299

    エピローグ 323

    履歴 329

    人名索引 344



    プロローグ




    物事を考える際の最大の障害は、「そうあるはずだと思い込み、そして信じ込んでし
    まうこと」である。−−ルイ・パスツール

     二〇〇六年(平成一八年)七月、私は第九六回日本学士院賞を受賞した。強アルカ
    リ性培地に生える微生物が普通の土の中にも広く分布していることを世界に先駆けて
    発見し、そこから洗剤用酵素を生み出すなど、独創性の高い研究を進めてきたことが
    評価されてのことである。この「好アルカリ性微生物」を研究するようになったこと
    自体が、セレンディピティであった。
     セレンディピティという言葉を初めて聞いたのは一九五六年のことで、コロンビア
    大学のフランシス・ライアン教授による微生物遺伝学の講義の中であったと思う。
    この言葉は、英国の政治家で小説家のホーレス・ウールポールが、一七五四年に『セ
    レンディップの三人の王子』というおとぎ話を読んで作った言葉である。この王子
    たちは、初めから意図してではなく、偶然に、しかもうまい具合に、いろいろなも
    のを発見していくのだった。現代の辞書には「serendipity=思わぬ発見をする才能」
    などと出ているし、科学の世界では普通に使われている言葉だが、半世紀以上昔は、
    まだどんな英英辞典にも載っていなかった。
     一八六四年の冬、ドイツ人道路技師のカール・ヒューマンは、ペルガモン(トルコ
    西部)の道路工事をしていたとき、ビザンチン時代の城壁と思われる廃墟の草むらの
    中に、多数の石を見つけた。考古学の知識を持ち合わせていた彼は、そのことを本国
    に連絡するとともに、発掘を始めた。これがペルガモン神殿の発見であった。現在、
    ベルリンのペルガモン美術館に、その壮大な神殿の全容が復元・展示されている。も
    しも彼が廃墟の石を見たときに普通のものと違うことに気がつかなかったら、また考
    古学の知識がなく、好奇心やロマンに欠けていたなら、そのまま草むらの石として転
    がっていただけであろう。実際、多くの人が石に気がつかずに踏みつけながら通り過
    ぎていたのである。
     私のセレンディピティは、一九六八年の晩秋のフィレンツェだった。洋の東西で大
    きく歴史が異なることから、当時の微生物学とちょうど正反対にあるアルカリ環境と
    いう存在に気がついたのだった。急いで帰国して実験してみると、まさにそこに、多
    くの微生物が存在していたのだった。そこから、今日の好アルカリ性微生物学、その
    先の極限環境微生物学という新しい研究領域が開かれていったのである。

     地球に生命が誕生して三八億年と言われるが、まだまだ、わからないことだらけで
    ある。未知の新たな可能性もたくさん潜んでいるようにも思う。例えば時間というフ
    ァクター、その効果も実はよくわかっていない。いまの常識を大きく外れたような時
    間の概念を、例えばコンピューターシミュレーションを使って調べてみたらどうだろ
    う。太陽光の射さない海底の生物には、浦島太郎のような生物学的時間が流れている
    かもしれない。あるいは、死んでいるように見える微生物が、実は一〇〇年に一度だ
    け分裂する、といったことが起こりうるかもしれないのだ。
     新しい研究分野を作るには、かなりの時間がかかる。これは私の実体験だ。だか
    ら、その間は、誰かが叱られ役を買って出て、賭けに近い研究がやれる環境を作っ
    てやって、芽吹いてきた新しい可能性を潰させないようにすることが大事になる。新
    しいやり方というのは、本当に、ひょんなところから出てくるものだ。カーボンナノ
    チューブの元でもあるフラーレン(C60)は水に溶けにくいが、海洋研究開発機構の
    出口茂博士は、有機溶剤を使わなくても、乳鉢ですりつぶすと水に溶けるようになる
    ことを発見した。「そんなバカな!」とか「つまらん仕事!」というのが大方の反
    応かもしれないが、フラーレンが水に溶けて毒ではないということは、実は、世界の
    産業界にとって重大かつ重要な意味があるのだ。それは、応用が保証されることである。
     新しい発見は、常に、些細なきっかけから生まれる。そのきっかけを逃さずにつか
    み取るためには、過去の科学的知見をきちんと勉強し、ゆるむことなく考え続け、
    ニュートンの言う「偉人たちの肩」に乗らねばならない。

     それでも、考えもつかなかったような現象というのは、たとえ身の回りで起こって
    いても気がつかないことが多い。むしろ逆に、まるでそれを見たくないかのように反
    応するのが人間の常なのだ。そもそも科学の世界では、結果が予想できるような仕事
    など、研究とは呼ばない。誰でもできるようなものは研究ではなく、どうなるかわか
    らないから研究するのである。その意味では、芸術と科学は似たようものだ。材料と
    道具は同じでも、できる作品はまったく異なるからである。必要なのは、研究者のロ
    マンと直感と実行力である。実験データがバラバラで、とても他人に見せられないよ
    うな段階のとき、実はセレンディピティが待っていることが多いのである。
     ニュートンは単にリンゴが木から落ちたから万有引力の法則を見つけたのではな
    く、考え抜き、悩み抜いていたからこそ、リンゴが木から落ちるのを見て法則に気が
    ついたのであろう。セレンディピティは、悩み多き若い科学者の目の前を行ったり
    来たりしているのではないだろうか。不思議だと思うことが起きたとき、躊躇せず
    にそれに飛びつくことだ。
     未知へのチャレンジを恐れていては、創造的な研究はできない。古来日本には、行
    間を読むという言葉がある。書かれていない所に「はてな?」と思うことが大切なの
    である。そう思えるためには、常に感激を失わず、感性というもう一つの目を養って
    おくべきである。その上で、幸運の女神に飛びつく勇気が必要なのだ。とはいえ、そ
    れがセレンディピティではなく悪女であって、一生を棒に振る危険性はある。でもそ
    れが科学というものの本質であろう。私はそう思っている。  最後に、好きな言葉
    を次の世代に送りたい。

    未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である。地図は探求の結果とし
    て、できるのである。−−自伝『旅人』 湯川秀樹

    二〇一二年九月
                                 掘越弘毅







    エピローグ



     極限環境で生きている微生物について、本格的な科学研究が始まってからまだ五〇
    年もたっていない。当初、その極限環境は、アブノーマルな環境、あるいはエキゾチ
    ックな環境と考えられていた。そして、そこに住む生物は、極限環境でなければ存在
    しないと見られていた。
     私自身、『Extremophiles Handbook』が書かれるほど広い分野に発展すると
    は、予想すらできなかった。そして、このような微生物が工業的に利用されるなど、
    想像もできなかった。
     ところが今日、生物学、特に微生物学では、極限微生物を除いて考えることはでき
    ない時代となった。特に、好熱菌や好アルカリ性菌は、普遍的な存在となり、当たり
    前のように多くの目的に利用されている。それにつれて、すでに指摘した通り、それ
    がどのようにして発見され、研究されてきたか、無視されることにもなった。その
    アンチテーゼというか、極限生物の発見や研究の歴史を書いたのが、このハンドブ
    ックであった。
     では、まだほとんど研究されていないもの、あたりまえになっていないものには、
    何があるのだろうか。それがわかれば、我々は当然のごとくそれを研究したであろう
    が、このハンドブックで言えば、「ニューフロンティア」という章に書かれているも
    のがその一部である。これから急速に発展していくジャンルだ。

     極限微生物の研究者は、常識に凝り固まった論文誌の編集者と何度もぶつかってき
    た。深海微生物の研究者で英国のパーク・デーヴィスによると、一九八〇〜九〇年代
    に深海底のサンプルを調べて、言われていたよりも遥かに多くの微生物が存在するこ
    とがわかったことがあったという。そこで、成果を「ネイチャー」に投稿したが、
    「そんなことはない」と拒否されたそうだ。しかし、やりとりを重ねて、データが正
    しいことを納得させて、後に掲載されたという。
     これと似た例は、私も経験している。一九八七年、井上たちが、九州の森の中の土
    壌サンプルから、猛毒トルエンが多量に存在していても、非常によく生育する微生物
    を発見した。このような微生物はまさに予想外であり、しかも、分離した場所が油田
    のように有機溶媒が近くにある場所でもないため、はなから信用してもらえずに、
    「ネイチャー」に拒否された。そこで、本文でも紹介したが、「交通費を出すから実
    際に結果を見に来い」と啖呵を切り、生育写真や手紙をやり取りした。生育曲線も入
    れておいたのに、「生育と書いているが、一匹が何匹なったのか?」といった初歩的
    な質問に驚かされもしたが、忍耐強く対応して、一九八九年に掲載にこぎ着けた。
     このように、今では常識となっている事実であっても、その最初は、まったく信じ
    てもらえないケースが多かったのだ。ところがそれが常識となってしまうと、今度は、
    発見者の名前など忘れ去られていくのである。

     深海の海底堆積物の中にも、さらには地殻の中にさえも、いまでは多数の生物がい
    ることがわかっている。論文も書かれている。こうした極限微生物の培養法が進歩す
    るにつれて、地表面にいる大腸菌などとは違って、彼らは、太陽エネルギー由来の有
    機物を食べて生育しているわけではないことが明らかになった。彼らは、「深部炭
    素サイクル」とも言われるメタンなどを栄養源としているのだ。
     さて、では彼らの一世代とは、いったい、どのくらいなのだろうか。もちろん、ま
    だ正確には言えない。一〇〇〇年単位と考えている人までいる。大腸菌は数十分で分
    裂するので、それに比べれば非常に遅い。ただそれは微生物学者の意見であって、
    地質学的な時間スケールで言えば、一〇〇〇年などほんの一瞬であり、決して遅いと
    は言えない。ただ問題は、そんな生物をどのようにして実験したらよいか、である。
     一言で生命といっても、我々が今見ているものだけが生命とは限らない。影の生命
    (shadow life)があっても不思議ではないと私は思う。ヒ素の多い湖、砂漠、深海、
    海の熱水鉱床などにも、生命はすんでいるかもしれない。実際、初期生命体ないしは
    その痕跡と思われるものが、深部堆積物や掘削コアから得られるようになってきた。
    これら未知の生命(weird life)は、ただ単に、我々が知らないだけのことかもしれ
    ない。我々の顕微鏡は、我々の知っている生命を見るために特別に作られた道具だ。
    だから、異なる生物化学反応で生きている生命体が見えなくても、決して驚くことは
    ない。こう指摘する研究者もいるのである。
     ここでの生物化学反応は、科学と置き換えてもよいと思う。影の科学とはいままで
    とは異なる科学であり、今までとは異なる物理や化学や生物学から成り立っている。
    それを知るには、私は、バーチャルな科学者にならなければいけないと考えている。
    バーチャルな科学者になって影の生命を理解しなければならないと、私は思うのだ。
     抽象的すぎるので、例をあげる。今の生物学には、時間軸という概念がない。その
    ため、どのような反応が優先的に進んでいくか、といった議論が、今の生物学では明
    確にはできない。これを逆手にとると、今我々が知っている生命と、初期地球上にあ
    ったと思われる影の生命とは、まったく違っていても何ら問題はない。時間スケール
    が違うために、我々は一〇〇〇年の分裂時間と思っているだけかもしれない。
     また、あまり研究されていないものに、重力や圧力がある。生物に果たすこれらの
    役割も、考え直さねばならないだろう。当然ながら、これらと交換可能なファクター
    があるに違いないと私は思っている。その方が生命にとってハッピーかもしれないの
    だ。
     架空のコンピューターを考えよう。このコンピューターには、我々が現在用いてい
    る生物学のOSやソフトが搭載されている。したがって、データを与えれば、我々
    が理解している生物がどんな結果を生み出すか、比較的容易に答えを出してくれるで
    あろう。では、これに、初期地球や他の惑星にある影の生命データ(もちろんあった
    として)を与えたらどうなるであろうか。たぶん「解読不能」と出るだろう。別のO
    Sが必要になるのかもしれない。
     宇宙生物学に、今の我々の生物学の考え方をそのまま持ち込むのは、大変危険だと
    私は思う。一つの宇宙ではなく、多宇宙を考えるべきかもしれない。現在はないと思
    われるものも、本当はあることになるのかもしれない。
     ドストエフスキーは『死の家の記録』に、「人間は柔軟な動物である。どんなこと
    にでもすぐ慣れてしまう」と書いた。我々の知識を結集した『Extremophiles
    Handbook』も、やがては当たり前のことになるのだと思う。そして、違ったOSで
    動く生命と向き合える時が来るのではなかろうか。極限生物と話し合うことが可能に
    なれば、全く新しい生命科学を作り出すことも可能になるかもしれない。
     『Extremophiles Handbook』は、二〇一一年一月、シュプリンガー社から出版
    された。私の家には一月九日に見本が届いた。アルカリ性微生物と出会ってからほぼ
    五〇年、私の研究の旅路も一区切りついた気持ちだ。シェークスピアの『ハムレット』
    の一節を引いて結びとしたい。

     ホレーショウ、我々の考える夢以上に、もっと思いもつかないような色々な物がこ
    の世の中にあるものだよ!
    2012年9月
                                  著者
















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