きちんとわかる環境共生化学

●産業技術総合研究所 著 ●定価(本体1500円+税)  

グリーン・サステイナブル ケミストリー



世界の一歩先をゆく、日本の化学!
日本はこれまで、環境にやさしいものづくり化学、すなわち
グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)の実績を積み重ねてきた。
温暖化、食糧、地球環境、エネルギー問題などが複雑にからみ合う
21世紀の地球の課題を解決するため、いま日本のGSCに、
「環境共生化学」として全世界から熱い期待が寄せられている。



産業技術総合研究所 著   著者紹介
きちんとわかる環境共生化学
  はじめに
     目次
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世界の一歩先をゆく、日本の化学!
日本はこれまで、環境にやさしいものづくり化学、すなわち
グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)の実績を積み重ねてきた。
温暖化、食糧、地球環境、エネルギー問題などが複雑にからみ合う
21世紀の地球の課題を解決するため、いま日本のGSCに、
「環境共生化学」として全世界から熱い期待が寄せられている。


  • 四六判  並製
  • 433ページ
  • 定価(本体1500円+税)

  • ■著者紹介

    (第一部のインタビューイを含む)

    はじめに
    御園生誠(みそのう・まこと)

    第一部
    福田恭子(ふくだ・きょうこ)
    島田広道(しまだ・ひろみち)
    赤井智子(あかい・ともこ)

    第二部
    中岩勝(なかいわ・まさる)

    第一章
    佐藤一彦(さとう・かずひこ)
    今喜裕(こん・よしひろ)

    第二章
    富永健一(とみなが・けんいち)

    第三章
    榊啓二 (さかき・けいじ)
    森田友岳(もりた・ともたけ)
    羽部浩(はべ・ひろし)

    第四章
    藤谷忠博(ふじたに・ただひろ)
    高橋厚(たかはし・あつし)

    第五章
    国岡正雄(くにおか・まさお)
    長畑律子(ながはた・りつこ)
    竹内和彦(たけうち・かずひこ)
    大内秋比古(おおうち・あきひこ)

    第六章
    中山敦好(なかやま・あつよし)

    第七章
    韓立彪(かん・りつぴょう)

    第八章
    坂倉俊康(さかくら・としやす)

    第九章
    藤田賢一(ふじた・けんいち)

    第一〇章
    竹中康将(たけなか・やすまさ)

    第一一章
    田村正則(たむら・まさのり)
    徳橋和明(とくはし・かずあき)

    第一二章
    蛯名武雄(えびな・たけお)

    第一三章
    原重樹(はら・しげき)
    原谷賢治(はらや・けんじ)
    吉宗美紀(よしむね・みき)
    池上徹(いけがみ・とおる)

    第一四章
    佐藤剛一(さとう・こういち)

    第一五章
    遠藤明(えんどう・あきら)

    第一六章
    川波肇(かわなみ・はじめ)



    ■目次




    はじめに??持続可能な社会の化学技術――御園生 誠 13 第一部 新しい化学の道を開拓する――語り手:中岩 勝、島田広道、 佐藤一彦、今 喜裕、富永健一、 藤谷忠博、高橋 厚、 榊 啓二、森田友岳、中山敦好、 国岡正雄、韓 立彪、坂倉俊康、 藤田賢一、竹中康将、田村正則、 徳橋和明、赤井智子、蛯名武雄、 原谷賢治、原 重樹、佐藤剛一、 遠藤 明、川波 肇 聞き手:福田恭子 01 化学技術で何ができる? 30 02 日本のGSC 36 03 過酸化水素による環境にやさしい酸化技術 40 04 循環型社会への原料転換によるGSC 50 05 エタノールから低級オレフィン 57 06 バイオリファイナリー技術 63 07 バイオベースエンジニアリングプラスチック 68 08 バイオで作る循環型プラスチック 77 09 有機材料の環境対応型難燃化技術の開発 88 10 有機合成の効率化 92 11 GSCに基づいたフッ素化合物開発 100 12 環境にやさしい高機能ガラス 106 13 エコガスバリアー膜クレーストの開発 113 14 膜を用いた分離技術 125 15 パラジウム膜による水素分離と水素化反応 130 16 多孔質材料と吸着で省エネ化学システム 137 17 高温高圧水を利用して有機合成 144 新しい化学につくりかえる 152 第二部 GSC研究開発の最前線 産総研のGSC(環境共生化学)開発 157 「省エネルギー技術戦略」/GSC技術戦略/産総研のGSC 第一章 過酸化水素を用いたクリーンな酸化技術 165 過酸化水素は理想的な酸化剤/酸化反応とGSC/過酸化水素の酸化力を向上 過酸化水素を用いるアルコールの酸化 過酸化水素で、アリルアルコールから不飽和カルボニル化合物への選択酸化 過酸化水素を用いるオレフィンのエポキシ化/シクロヘキセンやシクロヘキサノール シクロヘキサノンの直接酸化によるアジピン酸の合成 過酸化水素を用いるオレフィンのジオール化 過酸化水素酸化技術を用いる革新的絶縁材料の開発/化学が担う技術革新 第二章 循環型原料への転換によるGSC 185 二酸化炭素利用反応による原料転換/二酸化炭素からの化学合成 二酸化炭素からヒドロホルミル化反応/金属錯体触媒の問題を解決したイオン液体 二酸化炭素研究の歴史/バイオマス利用反応による原料転換/トップ12 注目されるレブリン酸/レブリン酸の効率的合成法/重要度を増す触媒技術 第三章 バイオリファイナリー技術 201 バイオリファイナリーとは/バイオリファイナリーの問題点 バイオリファイナリーで何を作るのか/産総研での取り組み/界面活性剤 微生物のつくる界面活性剤 “バイオサーファクタント” バイオサーファクタントへの期待/グリセリンの有効利用 機能性を持った有機酸“D-グリセリン酸”/D-グリセリン酸生産プロセスの開発 グリセリン酸を含む新規高分子の開発/D-グリセリン酸への期待 バイオリファイナリーにおける技術開発 第四章 バイオリファイナリー技術??低級オレフィンへの変換技術 217 なぜバイオリファイナリーなのか/バイオリファイナリーの概要 ポリプロピレン/技術的な課題/高性能触媒開発の研究 8員環ゼオライト/10員環ゼオライト/酸量と酸強度の最適化 メゾ多孔体系触媒/プロピレン生成反応機構 第五章 バイオから作る循環型高分子 233 バイオプラスチックとは/バイオマスプラスチックの識別方法 バイオプラスチックの省エネ合成/化学合成法の効率を高める   マイクロ波を用いた効率的な重合反応技術 240 ポリエステル合成   セルロース資源の環境調和型利用プロセス 244 セルロースを対象とする光プロセス/セルロース資源のリサイクル 第六章 バイオベースのエンジニアリングプラスチック 249 バイオマス原料からエンプラを/バイオベースのポリアミド4 ポリアミド4の合成/ポリアミド4の物性 ポリアミド4の生分解性/ポリアミド4の今後の見通し その他の高性能バイオベース材料/バイオマス材料化の意義 第七章 有機材料の環境対応型難燃化技術の開発 261 リン系難燃剤/ビニルリン化合物の高効率製造法の開発 炭素?炭素不飽和結合の触媒的ヒドロホスホリル化 実用的触媒プロセスの開発/ホスフィンフリー触媒 難燃性含リン高分子の合成/低含リンポリマーの合成法の開発と耐燃性 新技術と既存技術の比較 第八章 有機溶剤の代替やプラスチック原料としての二酸化炭素 275 二酸化炭素って何?/二酸化炭素を利用する有機合成 二酸化炭素を原料としてどんなものができるか 超臨界二酸化炭素への期待 第九章 ポリマー固定型の試薬や触媒 283 ポリマー固定化の特長/セレン試薬のポリマー固定化 固相上での有機合成/ポリマーの反応場としての利用 触媒のポリマー固定化 第一〇章 水素化による高選択的な有機ヒドロキシルアミン合成 293 化学量論反応から触媒反応へ/有機ヒドロキシルアミン類 従来の合成法/水素によるニトロ化合物の部分還元法 水素化による高選択的な芳香族ヒドロキシルアミン合成 アミノ基固定化白金触媒の開発/今後の課題 第一一章 GSCに基づいたフッ素化合物開発 305 フッ素化合物の開発について 工業用洗浄剤の開発??これまでの工業用洗浄剤と、新しい洗浄剤開発の方針 含フッ素四員環化合物の合成??合成の効率化をめざして 環境影響評価??大気寿命の推算/燃焼性の評価??燃焼限界と燃焼速度 特性の評価――物性の測定と洗浄試験/フッ素化合物の特性を活かして 第一二章 粘土膜クレーストの開発と応用 323 粘土の膜は「地球の膜」/食べられる?機能材料 低環境負荷プロセスに寄与/@安心・安全ガスケット A太陽電池バックシート/B水素タンクガスバリア層 C次世代技術/動き出す「粘土イノベーション」 第一三章 膜を用いた分離技術 337 分離膜とは   膜を使い、希薄なバイオエタノールを燃料や化学品原料へ 339 バイオエタノールへの期待/エタノールが選択透過するシリカライト膜 シリカライト膜に残された課題   分子ふるい炭素膜で小さな分子を分ける 346 分子ふるい炭素膜とは/実用型分子ふるい炭素膜の開発 分子ふるい炭素膜の分離性能/分子ふるい炭素膜の実用化に向けて   原子ふるい金属膜で高純度水素を作る 353 水素だけを透過させる究極のふるい/パラジウム膜の薄膜化 パラジウムを用いない金属膜の開発 第一四章  パラジウム膜による水素分離と化学反応への応用 359 触媒反応と化学プロセスの効率化/パラジウム膜と水素分離 膜型反応器(メンブレンリアクター) パラジウムメンブレンリアクターによる新規化学プロセスの開発 膜反応器の問題点とマイクロメンブレンリアクター 膜反応器と分散型製造プロセス 第一五章 吸着と省エネルギー 377 いろいろな吸着/吸着ヒートポンプ、デシカント空調の原理 どのような吸着剤が望ましいか?/メソポーラスシリカの水蒸気吸着特性 メソポーラスシリカの新しい合成方法/メソポーラスシリカの水蒸気耐久性の向上 省エネルギー型吸着システムへの展開/最近の展開と今後の課題 第一六章 高温高圧水を利用する有機合成 399 水を利用する有機合成/高温高圧水とは? 高温高圧水中でのベックマン転位反応/ポリエステル系高分子材料の分解 高温高圧水+マイクロリアクターの特徴 高温高圧水+マイクロリアクターの特徴を利用したベックマン転位反応 新方式の特徴を利用した有機反応??クライゼン転位反応 アシル化/芳香族化合物のニトロ化(ハードとソフトの融合) 希硝酸によるニトロ化とハードの開発/今後の展開 著者紹介 419 参考文献 433


    まえがき



    はじめに??持続可能な社会の化学技術



    d 環境共生化学=グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)
     化学とは「変化の学」つまり、多様な物質を変換して物質の新しい多彩な機能を作
    り出していくサイエンスであり、テクノロジーである。化学は学問として重要である
    だけではなく、産業として見ても、化学産業は経済社会の発展の原動力となってき
    た。ところが、二〇世紀の後半以降、化学と化学技術は徐々に見直しを迫られた。と
    くに公害問題が起こり石油危機に見舞われてからがそうである。幸い多くの努力の結
    果、これらは克服できたと思う。しかし、人類はいま、多くの困難な問題を抱えなが
    ら新しい時代の幕開けに直面し、さらに大きなチャレンジをしようとしている。人間
    社会を豊かにすると同時に、その「持続性」への貢献が求められるようになった。そ
    こでは、新時代にふさわしいエネルギー、材料、製品、プロセス、システムの創出が
    不可欠である。まさに化学技術の出番である。
     グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)とは、一言でいうと「持続可能
    な社会の化学技術」である。経済産業省では「環境共生化学」という日本語をあてて
    いるが、一般の人には、この言葉の方が直観的に理解しやすいかもしれない。いま
    「持続性」が生活でも技術でも産業でも、あらゆる局面で要求されているが、それに
    対する化学者・化学技術者サイドからの答えがGSCといえる。
     作られたモノ自身の環境負荷が小さく、安全であるということと同時に、モノを作
    る段階で環境汚染物質が出ないような方法で作るのもその一つである。
     つまり、製品やプロセスを開発する際に、そのライフサイクルを考え、それらがも
    たらす環境負荷を最少にするように設計してから開発にとりかかる。事後的に環境負
    荷物質を処理したり無害化したりするのではなく、事前の対策を重視する。たとえて
    言えば、「治療」より有効な「予防」的対策の方を重視しているわけだ。これがG
    SCのベースにはある考え方である。
     もちろん、その結果として地球温暖化を抑制し、低炭素社会を実現することは、G
    SCの重要な目標である。

    グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)の源流
     グリーン・サステイナブル ケミストリーという言葉には、二つの源流がある。サス
    テイナブルとは、社会の持続性のことである
    。  一つの源流は、アメリカ起源の「グリーンケミストリー(GC)」である。
     グリーンケミストリーは、アメリカの環境保護庁(EPA)にいた化学者ポール・
    アナスタスが一九九〇年代の初めに、クリントン政権の副大統領就任前のアル・ゴア
    氏の依頼を受けて考えたコンセプトだといわれる。アナスタスがヒントにしたのは、
    製品の品質・安全管理の考え方である。製品が出来てからチェックするのでなく、上
    流の作る段階でプロセスをきちんとコントロールすることで、製品の安全性・品質が
    保証される。それと同様に、化学製品分野でも、排出された汚染物質をコントロール
    するのでなくて、作る過程をコントロールする方が合理的だという提案をした。
     そのコンセプトに基づき、アメリカでグリーンケミストリーという言葉が使われ出
    したのが、一九九四、五年頃である。GC研究推進の法律も出来ている。
     も
    う一つの源流は、同じ頃からヨーロッパの化学工業界を中心に進められている「サス
    テイナブルケミストリー」である。
     ヨーロッパのサステイナブルケミストリーは、サステイナブルテクノロジーの枠組
    みの中にある。アメリカ、イギリスのグリーンケミストリーがサイエンスないしは研
    究を重視しているのに対し、こちらには、化学産業がサステイナブルになるように、
    という意味合いが込められている。
     日本では、後述するように、もともと公害問題の克服など、「環境にやさしいもの
    づくりの化学」の優れた実績が積み重ねられていて、実はアメリカで「グリーンケミ
    ストリー」の言葉が生まれるよりもはるか以前からしっかりした実体があった。
     そこへ、アメリカ、ヨーロッパから、「グリーンケミストリー」「サステイナブル
    ケミストリー」という言葉が、いわば「逆輸入」のような形で入ってきた。日本でも、
    それを機会に、国際協調の下、全国的組織を設立しようという機運が盛り上がった。
    そこであらためて、それまで日本がやってきたことを含めて再定義する言葉として、
    「グリーン」を採用するか「サステイナブル」を採用するか、という大議論があった。
    一九九九年に、日本化学会にグリーンケミストリー研究会が発足し、他の学会でも同
    様な動きがあったのだが、結局、「グリーン」も「サステイナブル」もそれぞれに意
    味があるとして、両者を足し合わせることになり、二〇〇〇年に産官学連携で「グ
    リーン・サステイナブル ケミストリー ネットワーク(GSCN)」が設立された
    (右ページの図、第一部の「02日本のGSC」を参照)。
     日本は、サイエンスとともにテクノロジーを重視し、環境負荷の低減に役に立つと
    いう実社会への出口が見えるかどうかを重要視している。そうした特色があるので、
    アメリカ、ヨーロッパと同じ名前にしなかったのはよかったのではないかと思う。以
    来、日本ではGSCの名のもとに国際会議や国内のシンポジウムを毎年開催し、GS
    C賞、大臣賞も出されている。

    欧米より一〇年?二〇年先を行く日本のGCS
     海外でグリーンケミストリー、GSCについて話す機会があるが、そのときには、
    「あなたがたが提唱したグリーン(サステイナブル)ケミストリーの名のもとに私た
    ちは協力しているけれど、日本は早くから環境意識が高く、同じ趣旨の活動をずっと
    前からやっていて優れた実績が多いことを認識していただきたい」と言うことにして
    いる。例えば、一九八〇年代半ばに、アメリカで行われた触媒技術をテーマにした大
    規模なパネル討論で、私が「これからは環境への負荷を減らす触媒技術が大事だ」と
    主張したが、その会場ではほとんど反応がなかった。ところがそれから数年後に、先
    に述べたように「グリーンケミストリー」という言葉がアメリカから唐突に出て非常
    に驚いた覚えがある。
     私自身のもともとの専門は触媒化学であり、ちょうど高度成長期、石油化学工業が
    花形の時代に東大工学部で研究生活を送った。当時、触媒研究は石油化学の要であり、
    一時のライフサイエンスと同じくらいの勢いがあった。
     しかし、
    高度成長期の後期には、公害が大きな社会問題となり、化学産業への逆風が吹き始め
    た。その後、一九七〇年代には石油危機が起き、「脱石油」ということが言われるよ
    うになった。さらに、自動車の排ガスもだんだんと大きな社会問題となっていった。
     人間社会を豊かにする化学の重要性はいうまでもないが、それを十分に注意深く
    使っていなかったということである。この問題の解決には多くの関係者が苦労を重ね
    た。しかし、日本は公害問題を克服し、車の排ガス規制を克服し、技術開発という意
    味でも、社会とのよりよい関係構築という意味でも、欧米よりは少なくとも一〇年は
    先を行っていたと思う。
     この意味で、「グリーンケミストリー(GC)以前のGC」ということで、私がよ
    く例に挙げるのは、紙・パルプ産業の例と、イオン交換膜による食塩電解の例である。
     現産総研の中西準子氏の調査によれば、一九七〇年?一九九〇年で、日本の紙・パル
    プ産業は、川に排出するBOD(微生物により酸化される際に消費される酸素量。
    有機系排出物と考えてよい)を劇的に減らしている。  一九七
    〇年当時は、産業界が一年間に川に排出するBODが、三〇〇万トンと、家庭から
    出るBOD(七五万トン)より圧倒的に大きかった。その三〇〇万トンのうちの半分
    が、紙・パルプ産業からのものであった。しかし、二〇年間で、産業界からのBO
    Dは二〇万トンへと劇的に減った(他方、家庭からのBODは五八万トンと微減)。
     紙・パルプ産業のBODも激減した。この減少分のうち、廃液処理など後処理で
    減った分は一部であり、大部分は、プロセス転換(亜硫酸パルプ法からクラフトパル
    プ法へ)と原料転換(古紙を原料に加えた)によるものであった。出たものを処理す
    るのでなく、出ないような作り方に換える。これがまさに、グリーンケミストリーで
    ある(『持続可能社会へ向けた温暖化と資源問題の現実的解法』御園生誠著、丸善、
    二〇〇八年、一四九ページ)。
     もう一つは、食塩電解のプロセス転換の例である。食塩水を電気分解して、塩素と
    水素と苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を取り出す技術は、化学産業の基幹プロセス
    だが、かつての主流は、電極の一方に水銀を使う水銀法だった。しかし日本では、一
    九七三年に、水俣病問題で、当時の中曽根康弘通産大臣(田中内閣)が「日本は水銀
    を使わない」方法に転換する方針を打ち出した。これを機に、水銀法からイオン交換
    膜法への転換が始まった。イオン交換膜法は、二つの電極の間にイオン交換膜をはさ
    んで、塩素、水素と苛性ソーダを分離して製造する。
     当時の技術は、経済性も悪いしエネルギー効率も悪く、当事者は相当苦労したが、
    今はエネルギー効率も経済性も、水銀を使った電解より良くなっている。これらは、
    グリーンケミストリーという言葉ができる前の、日本が世界に誇れるグリーンな化学
    技術である。
     日本はもうすべてイオン交換膜法へ転換した。欧米の各国でもイオン交換膜法を採
    用するようになって、いまは約半分が転換している。

    「作り方」から「作るモノ」へ
     グリーンケミストリーは、これまで、「作り方」(プロセス)に重点があった。
     作り方に関して、R・A・シェルドン(オランダのデルフト工科大名誉教授)が提
    案したE - ファクターという指標がある。合成プロセスにおいて、目的生成物とそ
    れ以外の生成物(副生成物)との割合(重量比)である。ここでいう副生成物という
    のは、必ずしも廃棄物ということではなく、目的とする生成物以外のすべてを指す。
    化学反応式に出てくる物もあれば、出てこない物もある。実は、溶媒や、いろいろな
    添加物には、反応式には出てこないものが多い。そういうものを全部含めると、目的
    生成物以外に多量の副生成物が排出されていることになる。溶媒は実際には回収し
    てまた使うのだが、分離して精製するのにエネルギーを大量に使う。廃棄物とはいえ
    ないけれど、厄介物であり、使用量は少ない方が良い。
     このE - ファクター(副生成物/主生成物)で見ると、石油精製の場合は、副生成
    物が一割くらいである。エチレン、ベンゼンといった基礎化学品は、五分五分。ファ
    インケミカルになると、副製品の方が一〇倍くらい。医薬品や、液晶のような電子・
    光関係の高付加価値製品になると、副生成物の方が一〇〇倍くらいになる。当初は、
    液晶は副産物が一〇〇〇倍くらい出ていたといわれるが、プロセスが改善されたので、
    一〇〇倍くらいになっているそうだ。高付加価値のものになればなるほど、副生成物
    が劇的に増えてくるという状況がある。
     このE - ファクターの考え
    方は、広く理解されるようになり、成果も上がっている。それ自体は良かったのだが、
    ただ、それが独り歩きするようになり、「とにかく廃棄物さえ減らせばいいんだ」
    ということに矮小化される傾向が目につくようになった。
     E - ファクターの考え方の成功例に、例えば、ドイツのBASF社のイブプロフェ
    ンという風邪薬の合成がある。もともとは多段階の合成プロセスを経ていて、そのた
    びごとに大量の溶媒とともに無機試薬を使い、硫酸アンモニウムや塩化カルシウムな
    どを大量に排出していた。それを、触媒を使って非常に簡単な合成ステップにし、
    廃棄物が大幅に減った。このようなGSCの成功例があるので、いまでもGSCとい
    うと廃棄物を減らすことだけだと思っている人も少なくない。
     それゆえ、最近では、「E - ファクターを減らすだけではいけない」というのが、
    GSCの共通の認識になっている。具体的には、E - ファクターを二つの面から超
    えようとしている。
     まず第一に、
    「量」の問題だけでなく、「質」も含めよう、ということがある。廃棄物の量を減
    らせばいいというだけではなく、途中で使う物や生成してくる物の有害性、安全性の
    問題、つまり「質」も含めようという考え方である。
     もう一つは、「どう作るか」だけでなくて「何を作るか」が大事だということであ
    る。生活を豊かにする物、あるいは、快適にする物を作る。それを、エネルギーをな
    るべく使わず、資源を効率的に使って作る。製品も廃棄物も、量だけでなく質も勘案
    して、環境への悪影響を最小化する。これらが、これからのターゲットであり、
    「less negative(マイナスを減らそう)だけでなく、more positiveや
    more comfortable」、「How to make(作り方)だけでなくてWhat to make
    (作る物)」、がGSCの新しい合言葉になりつつある。

    地球温暖化対策とGSC
     持続可能な社会をめざすGSCは、当然、地球温暖化対策も重要な目標となる。鳩
    山首相が、「二〇二〇年までにCO2を二五%削減(一九九〇年比)する」という目
    標を打ち出したが、実は日本の化学産業は温室効果ガスの削減では優等生である。一
    九九〇年代以降、エネルギー消費量は約三〇%増加したが、代替フロンなどの大幅削
    減により、温室効果ガス全体としては、一九九〇年比で一五%の削減を達成してきて
    いる。このような産業分野は他にないのではないか。
     化学産業での温室効果ガス削減は、化学製品の製造プロセスにおけるエネルギー消
    費削減に加え、新たな化学製品の間接的効果により、省エネルギー(二酸化炭素の排
    出削減)をはかるという手法がある。例えば、断熱効果の高い塩化ビニル樹脂製のサ
    ッシに複層ガラスを用いれば、住宅の省エネ化をはかることができる。冷暖房費も節
    減できる。その上、冷え冷えした窓際が解消し、室内空間の快適性が格段に増す。こ
    のように、「作り方」のみならず「作る物」に化学の知恵が求められているものが多
    いのである
    。  最近、日米欧の化学工業協会が協力して、化学産業と化学製品が発生あるいは削減
    する温室効果ガスのライフサイクルアセスメントを実施し、その結果を報告している。
    これによると、化学品を製造する際に排出される二酸化炭素量の二?三倍の二酸化炭
    素が、化学製品を使うことによって削減されている。とくに前記の断熱材や農業生産
    性を高める肥料・農薬の寄与が大きい。

    真理は細部に宿る
     これからのGSCを考えるときに、考慮しなければいけないのは、環境負荷ととも
    に経済性である。環境の維持改善と国際競争力(国力)の強化の二つを両立させるこ
    とである
    。  例えば、BASF社による、藍染め染料のインジゴの合成に関する次のような調査
    結果がある。同社が、インジゴの製造法ごとに環境負荷と経済性を比較評価してみた
    ところ、最も環境に悪くて、いちばん経済性が低いのが天然原料からの合成であるこ
    とがわかった。天然原料からインジゴを製造する場合には、副生成物が大量に出る。
    一方、電気化学法または溶液法によるインジゴ合成は、経済性が高く環境負荷が低い、
    つまり、環境負荷と経済性の両面で決まる「エコ効率」がもっとも優れていること
    がわかった(『持続可能社会へ向けた温暖化と資源問題の現実的解法』御園生誠著、
    丸善、二〇〇八年、一〇〇ページ)。
     このように化学合成がエコ効率的な場合もあれば、天然原料を用いた方がエコ効率
    的な場合もある。要はケース・バイ・ケースということである。バイオが注目されて
    いるが、「バイオ=環境にやさしい」と短絡するのではなく、バイオは、バイオを生
    かしたよりよい使い道をケースバイケースに考え、その製造プロセスをよりきれいな
    ものにしていくことが大事である。
     日本のGSCの成功例としては、先に、「GC以前のGC」として、紙・パルプ産
    業の例と、食塩電解のイオン交換膜法への転換の例を挙げた。また、世界での成功例
    として、BASF社の風邪薬イブプロフェンの例を挙げた。
     最近、世界的な関心が集まっているGSCには、例えば、ポリマーや接着剤の原料
    であるプロピレンオキシドの新合成プロセスの事例がある。欧米の化学企業が共同で
    ベルギーに大規模なプラントを建設中だが、過酸化水素(H2O2)を水素と酸素か
    ら作る前工程と、プロピレンオキサイドを過酸化水素を使って作る後工程からなる。
    その双方ともが新しいクリーンなプロセスである。後工程は完成したばかりの技術で
    ある。前工程が成功し、このプラントが一貫して稼働すれば、かなりインパクトのあ
    る実用化例になるはずだ。
     実は、環境負荷の小さい合成プロセスの開発は、日本が最も得意とする分野であ
    り、ナイロン原料の合成、酢酸エチルの合成、ポリカーボネートの製造、テトラヒド
    ロフランの重合など、最近も多くの優れた成功例がある。前記のプロピレンオキシド
    合成でも日本独自の優れた技術が開発されている。これらは、いずれもGSC賞、大
    臣賞を受賞している。

    日本の役割
     環境にやさしい化学プロセスを用いて、生活を快適にする環境にやさしい化学製品
    を製造し、社会に供給することが化学産業の役割であり、それを支えるのがGSCで
    ある。したがって、GSCが化学技術の大きな世界潮流となっているのは、いわば必
    然であり今後その傾向はさらに強まるといえよう。
     この分野で日本はいま、欧米との激しい研究開発競争をくり広げている。しかし、
    既に述べたように、日本のGSCは欧米より一〇年から二〇年先行して始まり、環境
    に配慮した化学技術に関して日本は多くの経験と実績を持っている。
     これまでは、化学合成プロセスについての実績が多かったが、環境にやさしい製品
    分野でも、多くの成果が見られるようになった。例えば、長寿命エコ住宅用の建設資
    材(樹脂サッシや断熱材)、日常生活における快適エコ製品(高吸水性樹脂の発明)
    が良い例である。身のまわりの随所で新エコ製品が待たれている。合成プロセスで先
    行して実績を上げた日本の化学技術が、新エコ製品でも先進的な成果を上げることを
    期待したい。ただし、本当に環境に優しいか快適化に貢献するかの評価はきちんとす
    る必要がある。
     もう一度確認するが、「マイナスを減らす」だけでなく、「より積極的で、より快
    適な製品」を、「作り方」だけでなく「作る物」として革新すること、それがGSC
    の新しい合言葉なのである。
     日本人は環境や生活に対してすぐれた感性をもっていると私は思う。この感性を大
    切にして、ここで述べたような経験と実績を活かして、二一世紀にふさわしい、省エ
    ネルギー、省資源で、新時代の新しいライフスタイルに適い低炭素社会を支える優れ
    た化学技術を創造していくこと、それが日本の化学者、化学技術者に課せられた使命
    であろう。
     基礎および応用の研究からさらに実用の技術まで幅広い守備範囲を持ち、多くの人
    材を抱えている産総研に寄せられる期待は非常に大きいものがある。以下、産総研の
    研究者の肉声および研究成果を通して、日本でのGCSの最新動向をご覧いただきた
    い。GSCの最前線とともに、化学、化学技術の近未来像がはっきりと見えてくるで
    あろう。
    二〇一〇年二月
                                御園生誠



     




















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