夢の百姓

――「正しい野菜づくり」で大儲けした男

●横森正樹 著 ●定価(本体1500円+税)  

こんなに元気で、凄い農家がいる!


儲かるはずがない野菜でどう儲けたか?
私の考える「個性ある商品」とは、まず安全で、
味が良く、鮮度がいいこと。これが絶対条件である。
そして最高の個性は「安い」ことである。

横森正樹 著   著者紹介
夢の百姓   目次
  あとがき   序文
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儲かるはずがない野菜でどう儲けたか?
私の考える「個性ある商品」とは、まず安全で、
味が良く、鮮度がいいこと。これが絶対条件である。
そして最高の個性は「安い」ことである。


  • 四六判 上製
  • 248ページ
  • 定価(本体1500円+税)

  • ■著者紹介

    横森正樹(よこもり・まさき)

    
    昭和15年(1940年)長野県生まれ。
    昭和38年から40年までアメリカで農業研修。
    42年に結婚、電気部品家内工業を始めるが、
    農業への思いやみがたく、50年に専業農家となる。
    その後、常に「土づくり」を基本に先進的な農業を展開、
    60年前後には炭と木酢に出合う。
    国内外の研修生を多数受け入れるとともに、
    新規就農者の育成にも力を入れている。
    現在、長野県国際農友会幹事、(株)信州がんこ村代表取締役、
    八千穂村農業委員会長代理など、多数の役職も務めている。

    ■目次



      農業経営者のモデル的存在――本田親盈――1

      第1章 野菜づくりは土づくり――15
       家族四人、八ヘクタールで高原野菜――15
       百姓の一年は忙しい――ピークは七月から八月――20
       畑を大事に、収穫は年一回だけ――22
       昼休みはたっぷり――24
       化学肥料や農薬の使い方を知らなかった――25
       栄養を吸収できる状態とは――27
       化学肥料は薬として使う――29
       丈夫ないい土は触ればわかる――30
       プラスアルファの栄養を補う――32

      第2章 循環型の農業に戻そう――35
       農業はビジネスとして成り立つ――35
       私に失敗体験はない――38
       遅れた農業が先頭を走る――40
      第3章 祖父に教えられた農のこころ――43
       祖父・横森政太郎――43
       「農家に学問は要らない」――46
       アメリカ研修に合格――47

      第4章 アメリカで知った農業経営――51
       人生を変えたアメリカ研修――51
       生活レベルの高さに驚いた――53
       体力の限界まで働いた日々――56
       立ったまま寝ていた――58
       ロスの生活を満喫!――60
       生産から販売まで、という経営スタイルに感銘――64
       時間厳守、仕事とプライベートを分けるアメリカ人――66
       アメリカ農家の誇り――70
       実力をつければ道は開かれる――72

      第5章 道草くって、ようやく農業へ――75
       帰国後、野菜の振り売りは失敗した――75
       プラスチック加工で成功――78
       どうしても農業がやりたい――80
       悩んだ末に野菜を選ぶ――81
       畑探しに苦労する――82

      第6章 第二の農業のスタート――85
       古くさい農業を始めた――85
       頼りになる先輩、黒沢征守さん――88
       冬の間はサイドビジネスで稼いだ――89
       連作障害が起きてしまった――91
       それでも土づくりの方法は変えなかった――93

      第7章 炭と木酢との出合い――95
       運命の出合い――95
       炭と木酢の効果を確信する――97
       百姓としての本業を忘れまい――99
       木酢液の新しい使い方――102
       雑誌『現代農業』もやってきた――104
       炭は人をも引き寄せる――107
       本格的な炭焼き場を造る――108
       公共の炭焼き場まで造ってしまった――110

      第8章 「がんこ村」の生産者になる――113
       がんこ村とは何か――113
       生産者三〇〇〇名のパートナー――115
       生産者のメリット――117
       生産者の弱い部分を引き受ける組織とは――118

      第9章 足で学んだ経営手法――121
       群馬市場通いで学んだ流通――121
       自分の商品の価値を知る――123

      第10章 スーパーとの直接取引――125
       逆指名で紀伊国屋と取引が始まる――125
       ついに農協出荷をやめた――127
       生産者には高く、消費者に安く――129
       野菜を畑で渡す――130
       地域まるごと産直の仕組みを作る――132

      第11章 農協に求められる改革――135
       「原点」を忘れた農協――135
       農協よ、自己変革せよ――137
       農協は本来、無限の可能性を持つ組織なのだ――139

      第12章 次世代農業者の育成、私のやり方――141
       新規就農者を育てたい――141
       肥料設計を覚えてもらう――143
       独立する人には資金の支援までやる――144
       現代っ子を一人前の農家にする――146
       勉強より体力だ――147
       横森流の新規就農者への五ヶ条――148
       記録をつけることが経営の第一歩――150
       途中で挫折させてはダメ――151
       人間教育まで頼まれた――153

      第13章 うちに来た海外研修生たち――155
       受け取り方で人生は変わる――155
       ブラジルからの浦添さん――157
       スマトラのワワン君――158
       ハサン君は市長の息子――160
       研修生から海外の生情報を得る――161

      第14章 農家をめぐる環境を見極めよ――165
       まず農業環境の厳しさを知れ――165
       @農産物の値段はしばらく上がらない――167
       A大規模経営は日本には向かない――169
       B「有機」「ブランド」といって高く売れる時代は終わった――170
       個性ある商品が求められている――171

      第15章 輸入農産物に勝つための秘策はある――173
       @土づくりに投資せよ――173
       A販売の努力をせよ――売り先と対等に付き合うコツを覚えよ――175
       B企業的感覚を養え――損して得を取れ――178
       Cコスト削減の限界まで取り組め――181
       現実から逃避しない――184

      第16章 自立した農家だけが生き残る――187
       自給率はもっと下がる――187
       いまの農協は農家を救えない!――189
       縦割り行政にも期待するな――191
       農家同士がネットワークを組んで助け合う――193

      第17章 「信州がんこ村」は新しい農協――195
       恩返しをしよう――195
       難産だった新会社の設立――197
       東京から毎日通勤する若者がいる――199
       農家と流通の橋渡し――202
       信州がんこ村は農協の原点だ――204
       五年で一人前になれ――205
       農家と小売の間を取り持つ――207

      第18章 私の息子も百姓になった――211
       還暦をきっかけに生き方を変えた――211
       私の家族――212
       息子の修業が始まった――214
       後継者づくりに何が必要か――216
       利益を家族に分配する――217
       後継者のための基盤をつくる――219

      第19章 百姓の夢――225
       農業で町おこし――225
       助け合って生きる――227
       すばらしい夜明けを前に――230

      あとがき――235



    ■序文・農業経営者のモデル的存在


    
     長野県八千穂村で頑固なまでのこだわりをもって野菜生産に取り組んでおられる
    横森正樹さんが、還暦を迎えた記念にこれまでの農業経営者としての人生を振り返られ、
    本書を出版されたことを大変喜んでいる一人である。
     なぜ私が大変喜んでいるかというと、横森さんの野菜生産に対する真摯な取り組み方
    と「農」に対する限りない愛情に、強い共感を覚えてきたからである。
     横森さんは、絶えず市場や消費者たちが何を求めているかを探りながら、
    それにマッチしたかたちで独自の生産哲学、経営哲学を組み立ててきた。
    その結果が今日の安定した経営を支える強固な基盤になっていると言える。
    しかも自分が生産したものは自分で価格をつけ、その価格で良しとする顧客のみを相手として
    健全な経営を確立させていることは、国際化時代を迎えたわが国農業経営者の
    一つのモデル的存在でもあると思う。
     横森さんのユニークさは、若いときに企業的農業の本場ともいえるカリフォルニアで、
    ビジネスとしての農業のあり方を学んだこと、そして「生産のすべては健全な土づくりにあり」という、
    幼少時に祖父から受け継いだ農業者としての基本哲学を守っていることにある。
     特に、地力の増強や健全な土壌環境の維持に良いと思われることは、
    それこそすべて他人に先駆けて試み、いまでは木炭と木酢液が横森農場の土づくりに
    欠かせないものとなった。自分独自の炭焼きまでやってしまうほどのこだわりをもっている。
    したがって横森さんの考えでは、最近話題の有機農業も「当然のことなのに!」
    という意識が強い。健康な土があれば作物も健康に強く育つという当然のことを、
    何でいまさら騒ぐのか、という感じである。
     このような横森さんの農業哲学に惹かれ、指導を乞う者も多い。忙しい経営のかたわら、
    横森さんは生産者から消費者、さらに経済界まで、幅広い人々との対話や会合を精力的に
    こなしている。
     また、新規に農業に参入しようとする若者たちが横森農場を訪れて学んで帰っていくが、
    中には横森さんの尽力によって同じ地域に定着し、立派な農業者に育って活躍している者もいる。
     農業は毎年違うからすごく楽しいんですよ、と言い切りながら
    内外の若者たちを指導している横森さんと接すると、彼のような経営者が増えれば
    今後の日本農業もそれほど心配することはない、と思えてくるのだ。
    優れた実践力と指導力を備えた農業者であることを実感させられるのである。
     農業経営も他の産業と同様、立派なビジネスであり、甘えや妥協が許されるべきでない
    とも横森さんは言う。こうした考え方に共感を覚える農業経営者が多く輩出しなければ、
    国際化時代を迎えたわが国農業の将来は本当に危惧される。本書を読めば、
    新たな可能性に夢を見出す人々が必ず出てくるはずである。横森さんに続く農業者が続々と
    登場してくるだろうという期待感を抱かせてくれる。本書はそれだけの内容を秘めている。
     横森さんの農業に対する深い愛情と、農業のもつ素晴らしい可能性に触発され、
    現在農業に従事している人々はもちろん、新規に農業に参入しようと考えている人々に、
    横森さんのもっている大きな夢が継承されていくことを心から念じている。
     二〇〇二年二月
                   社団法人 国際農業者交流協会常務理事 本田親盈

    ■あとがき



      あとがき
     百姓という仕事は楽しい。紆余曲折を経ながらも、六〇年の人生の大半を
    土とともに過ごしてこれたことは本当に幸せだったと思う。一つ一つの出来事を思い返し、
    その詳細を改めて文章にしてみると、やはり私の心の奥に、「農業が好きだ」という
    否定しがたい思いがあったことに気がつくのである。
     そうした私の思いとは裏腹に、というよりは私の思いが強すぎるからかもしれないが、
    現在の日本における農業のさまざまな問題が気にかかって仕方がない。
    本書を締めくくるにあたって、もう一度、日本農業の問題点、解決への
    私の思いを書き記してみたいと思う。
     言うまでもなく、食料は私たち人間が生きていく上で最も必要なものである。
    衣食住と言われるが、重要度からいけば食・衣・住の順番であろう。その食に対して、
    日本の消費者はどこまで理解と関心を寄せているだろうか。世はグルメブームである。
    有機野菜、低農薬野菜、無農薬野菜への人気も高まってきた。しかし、本当に日本の消費者は
    、自分の健康を考えて、影響の少ないおいしい商品を選んでいるだろうか。
     無農薬の有機野菜は作ることができる。このような野菜は、たとえばキュウリなら
    見事に曲がっているし、虫食いもあって大きさも不揃いのものが多くできる。
    ではこれが消費者に受け入れられるかといえば、たとえ一部は売れたとしても、
    全体からすればほんのわずかにすぎないのである。
     もちろん本当のプロが作れば、ある程度はそろったものができるのだが、今度は、
    真っすぐで揃っているという見かけから、これは化学肥料で作られていると
    単純に信じてしまう。日本の消費者は「曲がったキュウリ=よい野菜」というのが
    常に真実とは限らないことにも気がつかないように見える。
     農家のほうも大きな問題を抱えている。その最大の問題は、ひと言、「他人まかせ」
    にあると私は思う。言い換えれば、自立していない農家が多すぎるのである。
    経営という視点がまったく欠けていると思う。本文でもふれたが、一年間、一生懸命働いて
    利益がでないのであれば、遊んでいたほうがましだと私は思う。働くかぎり、
    そこにはきちんとした報酬、利益がなければならない。これは職業として当たり前のことだ。
     農業は太陽、土、水といった自然の恩恵を受けている。そこに人間の労力が加味されて、
    野菜や果物、穀物や畜産物といった製品が生まれる。製品は消費者に届いてはじめて、
    お金という形に変わり、それが再生産のための資金になる。ということは、
    農業経営がきちんと回るためには、自然、労働、お金がすべて、再生産可能な形で
    循環しなければならない。もちろんこの三者は密接に関係している。
     この原則を考えれば、農家が何をしなければならないかは自明だと思う。
    しっかりと土づくりをすれば、気候や環境の変化という危険を回避することができるし、
    そのために労力を惜しむことはない。
     その結果できる優れた農産物には合理的な値段がつくので、資金はきちんと戻ってくる。
    労力はかけねばならないが、何も大規模化だけが答えではなく、私は家族経営でも十分に成り立つことを実証してきた。
     農業資材や段ボールなども、大量直接購入によって経費を削減し、
    農業機械もメーカーや農協の甘い言葉にのらずに、あくまでも経営という視点に立って、
    その時々に最適なものを選択し購入してきた。このような当たり前のことを
    私は貫いてきただけである。
     農産物の流通にも問題がある。ひと言でいえば、中間の経費がかかりすぎるのである。
    かかりすぎるなら、かからないような仕組みを考えればいいではないか。
    こうして私はスーパーへの直接納入を二〇年も前からはじめたのである。
     では、なぜ多くの日本の農家は私のようなあたり前のことを実行できないでいるのか。
    何度も何度も「自立した農家」と書いてきたが、実は農家の自立を阻害しているのは、
    現在の農協と農業政策を担う農林水産省を中心としたお役所ではないかと思っているわけだ。
     現在の農協の柱はすでに金融と共済になっており、設立当初の目的である生産者の育成・
    援助は影も形もなくなっている。「協同組合」という看板がはずかしく見える。
    農業機械や資材でも、農協を通して購入するほうが高いという現実をいかにとらえたらいいのか。
    実は、現在の農協にも経営感覚が失われているのである。ひと言で言えば、
    時代の変化に対応できていないのである。
     国の農業政策もひどい。こんな例がある。私の近くの川上村で、国の補助金で
    個々の堆肥場がつくられた。このような施設は常に利用されるわけではないので、
    空いている冬に農業機械が置かれた。すると、会計検査院の監査で、本来の目的以外に
    使われているという理由で、問題になったのである。
     この話は、いかに税金の有効利用が妨げられているかを示すよい例である。
    現場の事情がまったくわからずに行政がなされているため、せっかく上手に利用しよう
    という試みが阻害されているのである。このような例は、監督省庁が異なればもっとひどいはずである。
     現在の日本農業は、このようなひどいシステムの中で、輸入農産物という
    「黒船」に直面しているのである。護送船団に守られて自立していない農家に危機感はなく、
    またあっても何も手が打てない理由がおわかりいただけると思う。そして多くの消費者も、
    国産の農産物が少なくなったときにいかに悲惨な状況になるかを想像できないでいる。
     しかし手をこまねいているわけにはいかない。少なくとも私は、こうした状況を
    黙って見過ごすほどのお人好しではない。ただ文句を言って自己満足できる性格でもない。
    だから私は、現在の農協に代わる生産者組織(株)信州がんこ村を設立したのである。
    やがては農協と並ぶ二大組織に育て、日本農業に真の競争原理を導入したいと願っている
     くり返すが、私は日本の農業に未来があると信じている。それは、
    なすべきことをきちんとする、という前提においてである。その前提をつくるために、
    私は時間の空いている冬に全国を飛び回っているのである。すべて、やる気のある農家の
    自立を助けるためだ。日本の農業が夜明けを迎えるまでに……。
     最後に、この本が出版できたことに対して、多くの人々に感謝したい。
    山陰ネッカリッチの白根正志社長、宮崎みどり製薬の岩切社長をはじめ、がんこ村関係の人々には
    本当にお世話になった。一人一人名前をあげることはできないが、中堅スーパーのサンヨネさんをはじめ、
    流通関係の人々にも大変お世話になった。感謝したい。
    そして、本書をつくるに当たってご協力をいただいた農業ジャーナリストの青山浩子さん、
    白日社の松尾義之、鳴瀬久夫の両氏に深くお礼を申しあげる。
     二〇〇二年二月
                                     横森正樹





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